技術向上

野球選手は指導者の不安を解消するための道具ではない

野球の指導者は純粋に野球が上達する練習内容を考えられていない

野球選手の指導に対して愛はあるのでしょうか。

唐突に何を言い出したのかと思われたかもしれませんが、野球の指導者は「野球」に対して多くのことを求めすぎている傾向にあります。

その結果、野球選手が練習している内容には、野球選手として無意味な要素が溢れ、さらに言えば成長の妨げになってしまっていることが多々あります。

そしてその言い訳として

人間として生きていく上で無駄なんてことはない

と言い放ちます。

生きていく上で無駄なことはいくらでもあります。

ましてや野球選手として無駄なことなんてもっとたくさんあります。

失敗をしてしまうことは挑戦の証なので問題なくても、「無駄」の存在を否定してしまうと失敗が生かされません。

日本の野球界の歴史を否定しているわけではありませんが、

野球の中に人間教育の要素を含まない指導

があってもいいのではないでしょうか。

純粋に野球選手としての成長を追及する形があってもいいのではないでしょうか。

現在の中途半端な状況がさらに悪い状況を生み出していることを考えれば、はっきりさせた方が良い時代が来ているのは間違いありません。

>次のページ:野球選手は指導者の不安を解消するための道具ではない

技術向上の関連記事

Contents Menu

打者のバッティングのボールの待ち方
バッティングの重心位置なんてどこでも良い
スイングしているとできる”マメ”について解説してみました。
練習のための練習はやめませんか? ~試合で生きるバッティング練習とは~
野球選手は練習に対する考え方を改めなければならない
バッティングを良くしたいなら体幹の意味を正しく知ろう

最新記事のチェックにフォローしよう