竹バット

野球は「できないこと」を練習しても意味がない

野球は「できないこと」を練習しても意味がない

皆さんは、野球の練習をする時に、どんなことを考えて練習しているでしょうか。

大半の選手は、

・「できないことをできるようになるために練習をする」
・「失敗を失敗しなくなるように練習をする」

ということを心がけているのではないでしょうか。

そして練習方法は、

できなければ、できるようになるまでその「できていない動作」を反復練習する

のが大半ではないでしょうか。

しかし、

「できないこと」というのはいくら練習を繰り返してもできるようになりません。

なんてことを言うんだ・・・と思われた方もいらっしゃるかもしれませんが、これはよく考えれば無意味なことが分かります。

それは、

本人はできないようにやっているわけではないにも関わらずできていないという現状があること

が大きな要因になっています。

つまり、失敗しようとして失敗しているわけではないということです。

それにも関わらず、その失敗した動作を反復練習することになんの意味があるのでしょうか。

単なる苦痛の時間を与えているだけに過ぎません。

苦痛を与える中で知恵を働かせて本人に気づかせる・・・という意味合いがあるという人もいると思いますが、それならば指導者は何のためにいるのでしょうか。

苦痛をさぼらないための監視員でしょうか。

野球は苦しむためにやるものではありません。

こんな現状はおかしいと思いませんか?

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